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現代の喫茶店で、具入りのナポリタンを楽しむ

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ナポリタン発祥のホテルは、ケチャップを使っていなかった

横浜ホテルニューグランドの元祖ナポリタンは、生トマト・水煮トマト・トマトペーストで作るトマトソース料理だった。今の喫茶店のケチャップ味と太麺は、ホテルの一皿が人気になった後にセンターグリルなどを経て後から積み重なったものだ。

公開 PASTAFONIA編集部
目次
  1. 発祥のホテルは、ケチャップを使っていなかった
  2. 国産乾麺が、喫茶店への広がりを後押しした
  3. 太麺もケチャップの煮詰めも、ホテルの説明には無い
  4. まとめ

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  • 米兵の一皿茹で麺へケチャップと塩、胡椒を和えた食べ方が原型。
  • ホテルの再構成生と水煮トマト、ペーストを使うソースへ作り替えた。
  • 正式提供接収解除後の1950年代にホテルの料理として広まる。

原型はケチャップ和え、ホテル版はトマトソースだった。

発祥のホテルは、ケチャップを使っていなかった

結論から言うと、いま日本で食べられているナポリタンは、イタリアの郷土料理ではなく日本で生まれた一皿だとされています。名前の由来となった一皿の発祥として広く紹介されているのが横浜のホテルニューグランドで(食べログマガジンは「説も根強い」と留保しています)、いまの喫茶店のケチャップ版は、後段で触れるセンターグリル経由で広まった系統です。ホテル公式サイトは「今も広く知られている『ドリア』『ナポリタン』『プリンアラモード』の3つの料理」を自社発祥として紹介しています。考案者は二代目総料理長の入江茂忠氏とされ、公式の説明では「接収時代、茹でたスパゲッティに塩・胡椒・トマトケチャップを和えた物を米兵が食べているのを知り、アレンジを加えて生み出した」料理だとされています。

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つまり原型は進駐軍の兵士が食べていた即席の一皿で、それをプロの料理人がホテルの厨房でメニューに仕立て直したのがナポリタンの出発点です。政府広報オンラインの記事によれば、ホテルがナポリタンを正式に提供するようになったのは、第二次世界大戦後、約7年間の接収が解除された後の1950年代であったとみられており、戦後すぐではなく接収解除後という時間差がある点は覚えておく価値があります。

  • ホテルで人気横浜のホテル料理として知られ、次の店へ伝わった。
  • ケチャップ版センターグリルなどで具入りの親しみやすい味へ変化。
  • 喫茶店へ国産乾麺の普及期と重なり、全国の定番へ広がった。

乾麺とケチャップの扱いやすさが、喫茶店への普及を支えた。

国産乾麺が、喫茶店への広がりを後押しした

ホテル発の一皿が全国の喫茶店の定番になった転機は、国産スパゲッティ乾麺の普及にあります。食べログマガジンの記事によれば、1955年の国産スパゲッティ販売開始が大きな契機となり、この商品を広める目的でケチャップを混ぜて炒めるパスタ、つまり日本式ナポリタンの原型が大々的に紹介されたとされています(年代には諸説あります)。同じ記事は、この1955年に東京・神保町の老舗喫茶店「さぼうる」が開業したことにも触れ、ジャズ喫茶や歌声喫茶の流行と時期が重なったことで、目新しい一皿として喫茶店のメニューに取り入れられていったと推測しています。

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政府広報オンラインによれば、ホテルの一皿が人気になった後、横浜のレストラン「センターグリル」がケチャップを使ったナポリタンを開発し、ベーコンやピーマンを具材にしたケチャップ味が全国に広がったとされています。編集部の見立てでは、この経路がナポリタンの性格を大きく変えました。ホテルの厨房で一皿ずつ仕立てる料理から、喫茶店の厨房で数分で出す一皿へと役割が変わったことで、注文から数分で出す段取り・粉チーズと黒胡椒での仕上げといった「喫茶店らしさ」が後から積み重なっていったと考えられます(茹で置き自体はホテル側の説明にも含まれます)。ここから先の細かな配合や火加減は店ごとの工夫であり、一つの正解として書ける出典は多くありません。

  • ホテル版複数のトマトと香味野菜を使い、茹で置きで食感を作る。
  • 喫茶店版太麺、煮詰めたケチャップ、鉄板などが後に定着した。

茹で置きは発祥側、太麺と煮詰めは後代の喫茶店文化。

太麺もケチャップの煮詰めも、ホテルの説明には無い

ホテル公式の説明を読むと、入江が作ったのは米兵のケチャップ和えそのものではありません。ニンニクと玉葱を飴色に炒め、生のトマト・水煮トマト・トマトペーストにローリエとオリーブオイルを合わせたソースをスパゲッティと和えた、トマトソースの料理だと明記されています。つまりホテル版と、いま喫茶店で出てくるケチャップの一皿は、出発点からソースが違います。もちもちの食感を狙った茹で置きは、ホテル側の説明にも含まれます(政府広報オンラインの取材では、茹でて氷水で冷やし1人前ずつ一晩寝かせるとされています)。一方、麺の太さについてはホテル公式にも政府広報の取材にも記述がなく、太麺は喫茶店側で定着した要素と見るのが妥当です。ケチャップを煮詰めて酸味を飛ばすといった要素もホテルの説明には見当たらず、後の調理現場で積み重なったものと見るのが妥当です。名古屋の「喫茶ユキ」が1961年に、冷めないよう熱した鉄板を器に使うナポリタンを始めたと食べログマガジンは伝えていますが、これは供する器の話であり、ホテルの説明にはありません。

詳しい解説を読む

このサイトのナポリタンの比較ページでは、麺の太さ・茹で置きの有無・ケチャップの煮詰め方・仕上げの粉チーズという軸で、動画や本人レシピの書き起こしで確認できる複数の作り方を工程ごとに並べています。喫茶店の記憶にある「あの味」がどの工程の組み合わせでできているのか気になる方は、ナポリタンをシェフ別に比べる記事も合わせて読むと、歴史の話と実際の手順がつながりやすくなります。

  • 米兵の食べ方戦後横浜でケチャップ和えの簡便な一皿が見られた。
  • ホテルの料理料理人が本格的なトマトソースへ再設計した。
  • 喫茶店の定番ケチャップ、太麺、鉄板などの型が全国へ広がった。

今のナポリタンは、横浜で二度作り替えられた系譜。

まとめ

ナポリタンは横浜のホテルニューグランドで、米兵が食べていたケチャップ和えを出発点にしつつ、トマトソースの一皿としてアレンジしたのが定説の出発点で、ホテルの一皿が人気になった後、横浜のセンターグリルなどを経てケチャップ味のナポリタンが全国の喫茶店へ広がりました(センターグリルの開発時期を年で示す出典は確認できていません)。もちもちの食感を狙った茹で置きはホテル側の説明にも含まれますが、太麺・ケチャップを煮詰めて酸味を飛ばす・鉄板で供するといった「喫茶店らしさ」はホテル発祥の説明自体には含まれておらず、後の調理現場で積み重なったものと見るのが妥当です。歴史を知ったうえで、今の作り方の違いを見たい方はナポリタンの比較ページへどうぞ。

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出典

  1. ホテルニューグランド公式「発祥の伝統料理」
  2. ホテルニューグランド公式「ザ・カフェ」メニュー解説
  3. 政府広報オンライン Highlighting Japan「横浜で生まれた『スパゲッティ ナポリタン』」
  4. 食べログマガジン「どこから来たのナポリタン!?」

ナポリタン歴史喫茶店横浜ホテルニューグランド

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