200gのバターを1本買うと、そのうち最大32gは水である。脂ではない。ただの水だ。
この事実は好みの問題ではなく、規格に書いてある。国際食品規格Codex Alimentariusのバター規格(CXS 279-1971)は、バターを「乳のみから作られる脂肪製品」と定義したうえで、乳脂肪分80%以上・水分16%以下・無脂乳固形分2%以下という三つの上限と下限で囲っている。EUにはさらに高い線が引かれている場面がある。EC規則1234/2007の第28条は、無塩バターなら乳脂肪分82%以上、有塩バターなら80%以上(いずれも水分16%以下・無脂乳固形分2%以下、有塩は塩分2%以下)を挙げている。ただしこれはバターの一般的な定義ではなく、民間在庫補助の対象となる要件だ。同規則自体もその後、規則1308/2013に置き換えられている。この数字が示すのは「EUが補助を出すに値すると見るバターの水準」であって、店頭でバターと名乗れる下限ではない。
この80・16・2という数字が、この記事の全部である。
- バター水分と乳固形分を含み、乳成分が先に褐変する
- オリーブ油ほぼ脂肪だけで、バターより高温まで煙が出にくい
- 澄ましバター水と乳固形分を除くと、高温調理に耐えやすい
バターを先に焦がすのは乳脂肪ではなく、少量の乳固形分である。
80%・16%・2%——バターが150℃で焦げるのは、脂のせいではない
バターは油ではない。Codexの定義がわざわざ書いているとおり、油の中に水滴が分散した油中水滴型(water-in-oil)の乳化物だ。ほぼ100%が脂肪であるエキストラバージンオリーブオイルとは、鍋に入れた瞬間から別の物理で動く。
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一番わかりやすい差は発煙点に出る。英語版Wikipediaの発煙点一覧では、バターは150℃、エキストラバージンオリーブオイルは190℃。バターのほうが40℃低い。ところが水分と乳固形分を除いた澄ましバターになると数字は跳ね上がる(同じ一覧はギーを250℃、Wikipediaの「Butter」項は乳脂肪そのものを約200℃としており、両者は一致していない)。
数値の食い違いより、差がどこから来るかのほうが重要だ。低いのは脂のせいではない。2%を占める無脂乳固形分——乳タンパクと乳糖——が、150℃に届く前に褐変し、焦げる。取り除けば200℃だろうが250℃だろうが上がるのだから、焦げているのは脂ではなくその2%である。
だからフェットチーネ・アルフレードのGialloZafferano版は、無塩バター1本(80g)を「焦がさないよう極弱火でゆっくり溶かす」と念を押す。焦がすなという指示は、脂ではなく2%に向けられている。
16%の水と2%の乳固形分は、味の設計にも直接効く。塩についてはひとつ注意が要る。現行の販売定義(規則1308/2013 附属書VII)は、バターに乳脂肪80%以上90%未満・水分16%以下・無脂乳固形分2%以下しか課しておらず、塩分の上限は定めていない。2%という数字は、廃止された1234/2007の第28条、つまり民間在庫補助の適格要件にしか出てこない。その要件に沿った有塩バターなら80gで最大1.6gの塩を持ち込む計算になるが、店頭の有塩バター一般にこの上限がかかっているわけではない。茹で湯の塩分を1%か1.5%か2%かで議論している横で、仕上げのバターが同じオーダーの塩を運んでくる計算だ。レシピが「無塩バター」と指定するのは風味の趣味ではなく、塩の予算管理である。ペコリーノとパルミジャーノの塩気差を先に決めてから茹で塩を合わせるのと、同じ順序の話になる。
- 北の酪農地帯牧草地を背景に、バターとラードを使う
- 中部から南オリーブ栽培を背景に、植物油が日常の脂になる
- ローマの三皿油脂なしや豚脂だけで乳化する料理もある
南北差は気候と農業の傾向で、全ての皿を分ける国境ではない。
見えない国境線:ローマの少し北で、鍋の中の脂が入れ替わる
「イタリア料理といえばオリーブオイル」は、半分だけ正しい。
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Mortadella Headは、脂の選択が北イタリアと中南部の料理伝統をはっきり分けると書く。北は牧草地と酪農の土地で、鍋に入るのはバターとラード。中部から南は、ローマ時代からオリーブが育ち、庶民の脂はオリーブオイルだった。パルミジャーノ・レッジャーノの産地であるエミリア=ロマーニャをバター地帯の中心に置くのは本稿の整理で、この出典が書いているのは「北」と「中南部」という粒度までである。チーズもバターも、同じ酪農という地面の上に立っている。
この分断に宗教が絡むという説明もよく見かける。中世のカトリック教会は四旬節に動物性脂肪を制限し、植物性のオリーブオイルは許された、という筋書きだ。英語版Wikipediaの「Butter」項によれば、教会は当初四旬節中のバターを制限し、16世紀初頭に解禁している。ルーアンでは大司教ジョルジュ・ダンボワーズが、不足していた油の代わりに四旬節中バターを燃やすことを認めた。その頃に建てられたのが、ルーアン大聖堂の「バター塔(Tour de Beurre)」である(英語版Wikipediaの「Rouen Cathedral」項は、塔の名の由来を、寄進者が四旬節にバターと乳を口にする許しを与えられたことに求めている)。ただしこれはフランス・ノルマンディーの話だ。イタリアの南北差を宗教規定で説明する記述は料理メディアに繰り返し出てくるが、学術的な一次資料までは本稿で確認できていない。気候と農業条件が主因だという説明のほうが、根拠は厚い。
線の南側で何が起きているかを見ると分かりやすい。ポモドーロはトマトとオリーブオイルだけで完結し、ナポリのボンゴレ・ビアンコはあさりの出汁と油で乳化する。ローマのカチョ・エ・ペペにいたっては、正統派の材料表に脂が一切ない——ペコリーノと黒胡椒と茹で汁だけだ。トマトを使わないグリーチャも、乳化の担い手はグアンチャーレの脂であってバターではない。
- イタリア食品GIは多いが、バター単体の登録は見当たらない
- フランス二つの産地バターが1996年にPDOを取得した
- チーズの保護イタリアの乳製品GIはチーズへ厚く集まる
呼称保護の有無は確認できるが、イタリアにない理由は未確定である。
イタリアにバターのDOPは一つもない
ここに、この分断のいちばん奇妙な帰結がある。
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イタリアの農産物・食品の保護名称は、Masafのデータにもとづく2025年11月10日時点の一覧でDOP(原産地呼称保護)176品目、IGP(地理的表示保護)151品目、STG(伝統的特産品保証)4品目の計331品目ある。Ismea-Qualivitaの2025年報告も、2025年11月11日時点の農産物・食品のGIを331件としていて一致する。カテゴリには「チーズ」「食肉加工品」「油脂」「動物由来のその他の産品」まで並んでいる。そのどこにも、バター(burro)単体を対象とした品目は見当たらない。
対照的に、フランスにはバターのAOP(原産地呼称保護)がある。シャラント=ポワトゥー産バター(Beurre Charentes-Poitou)は1979年にAOC、1996年にEUのPDOを取得し、生産者は「PDOを取得した最初のバター」を名乗る。ノルマンディーのイジニー産バター(Beurre d’Isigny)も同じ1996年にPDOを取得しており、脂肪固形分82%、1930年代から産地の線引きを求めていたという前史を持つ。「世界初」を主張しているのはシャラント=ポワトゥー側の記述で、同年取得のイジニーとの前後関係は本稿で確定できなかった。
イタリアが呼称保護に無関心なわけではない。むしろ逆で、176品目のDOPを積み上げている。ただし乳製品に関する情熱は、ほぼ全量がチーズに注がれた。生乳を固めて熟成させるほうを国の看板にし、生乳を撹拌して脂だけ取り出すほうは制度の外に置いた——確認できるのはその結果だけで、理由を説明する一次資料は見つけられていない。
- 火から外す炊き上がった鍋を熱源から下ろして過熱を止める
- 冷たい脂を入れる冷蔵庫から出したバターと削ったチーズを加える
- 勢いよく混ぜる水分と脂をつなぎ、滑らかな質感に仕上げる
マンテカーレの原型は、火を外し、冷たいバターを打ち込む操作に残る。
マンテカーレの語源はスペイン語の「バター」だった
イタリア料理で「クリーミーに仕上げる」を意味する動詞 mantecare(マンテカーレ)と、その名詞形 mantecatura。La Cucina Italianaの用語解説によれば、この語はスペイン語でバターやラードを指す語(mantequilla/manteca)に由来する。
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つまり、イタリア料理の乳化を語る最重要の一語は、語源をたどるとバターに行き着く。
リゾットにおける mantecare の定義は具体的だ。英語版Wikipediaの「Risotto」項はこう書く——米が炊き上がったら鍋を火から下ろし、冷蔵庫から出したばかりのバターとすりおろしたパルミジャーノを勢いよく打ち込んで、可能な限りクリーミーで滑らかな質感を作る。同項は別の箇所で、正しく炊けたリゾットは生クリームを加えなくてもクリーミーになる、とも書いている。冷たいこと、火から下ろしてあること、勢いよく混ぜること。三つとも指定がある。そしてリゾット・アッラ・ミラネーゼは、しばしばオッソブーコ(ミラノ風)と一皿に盛られ、一品で食事が成立するものとして供される。バターで仕上げたサフランの米と、バターで焼き付けて煮込んだ仔牛のすね。ミラノの食卓は同じ脂で二段組みになっている。
現在の mantecare はバター限定ではなく、あらゆる脂肪分での乳化仕上げを指す語として定着した。それでも「冷たいバターを火から下ろして打ち込む」という原型は、驚くほど遠くまで生き延びている。当サイトのウォッカのパスタでは、Not Another Cooking Showが仕上げに冷たい無塩バター大さじ1〜2を落とし込み、Joshua Weissmanは火を止めてからペコリーノ3/4カップと冷たい角切りバター大さじ2を勢いよく混ぜ込む。原典の英語は素っ気ない——“Drop-in a 1-2 tablespoons of cold butter”。それだけで、リゾットの mantecatura と同じ操作になる。レモンのパスタのGialloZafferano版はさらに露骨で、バター100g(7大さじ)を半分は温かい状態で香り出しに、残り半分は冷たいまま仕上げの乳化に、と温度だけ変えて二役やらせる。
- ローマの原型フェットチーネ、若いチーズ、バターの三材料
- 米国で再発明1966年の商品レシピに生クリームが加わる
- 本国での名前イタリアでは今も「バター和え」と呼ばれる
同じ料理名の下に、ローマの三材料と米国のクリーム版が重なった。
アルフレードの罠:1907/1908年ローマの3材料、1966年アメリカの生クリーム
バターの話をしていて、避けて通れない一皿がある。
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英語版Wikipediaによれば、フェットチーネ・アルフレードは1907年か1908年、ローマの飲食店主アルフレード・ディ・レリオが、出産後に食欲の落ちた妻イネスのために作ったとされる。ディ・レリオ作とされるレシピの材料は三つしかない——フェットチーネ、「若い」パルミジャーノ、そしてバター。生クリームは入っていない。
では、今日「アルフレードソース」と呼ばれている生クリームのソースはどこから来たのか。同じWikipediaが挙げる起点の一つが、1966年の米ペンシルベニア・ダッチ・ヌードル社である。乾燥フェットチーネの商品に、パルメザンとバターに加えてスイスチーズと生クリームを使うレシピを添えて売り出した。アメリカでの商業的な再発明が、原型を上書きした。
決定打がこれだ。ローマ以外のイタリアでこの料理が「フェットチーネ・アルフレード」と呼ばれることは、ほとんどない。Wikipediaの表現をそのまま引けば、“in Italy this dish is usually still called simply fettuccine al burro”——ただの「バター和えのフェットチーネ」である。世界的に有名な一皿の名前が、本国ではほぼ通用しない。
この店には、ハリウッドスターのメアリー・ピックフォードとダグラス・フェアバンクスが「アルフレード、麺の王へ」と刻んだ金のフォークとスプーンを贈った、という有名な逸話もある。刻印の文言は両者でほぼ一致する(英語版Wikipediaは “To Alfredo the King of the noodles”、店の公式サイト Il Vero Alfredo は “To Alfredo, the King of Noodles”)。ただし訪問の時期を、公式サイトは「新婚旅行で」とだけ書き、年を特定していない(1914年はヴィア・デッラ・スクローファに店を開いた年である)。英語版Wikipediaは「1920年代初頭」とし、ピックフォードとフェアバンクスの結婚は1920年3月28日なので、この点で矛盾は生じない。
- 生クリームなし4派バター、チーズ、茹で汁を余熱や弱火で乳化する
- 生クリームあり2派クリームだけ、またはバターとの併用で仕上げる
- 熱源の選択完全オフ、蒸気、極弱火でも方法が分かれる
歴史上の分岐は、現代レシピでもクリームの有無として残っている。
当サイトの6流派は、その分断線でそのまま割れている
面白いのは、100年前の分岐が、現代のレシピ動画にそのまま残っていることだ。当サイトがフェットチーネ・アルフレードで比較した6流派は、生クリームを使うか使わないかで、きれいに4対2に割れる。
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生クリームを使わない4流派は、そろってバター+パルミジャーノだけで乳化させる。元祖アルフレード店の直伝レシピ(ItaliaSquisita経由)は配合比率まで開示していて、1人前あたりパスタ110g・室温バター20〜25g・24ヶ月熟成パルミジャーノ・レッジャーノ70g。加熱器具は一切使わず、温めたトレイの余熱とバター・チーズ・茹で汁だけで乳化させる。しかも和えるのは「マンテカトーレ」と呼ばれる専任の給仕係で、客の前でワルツのような三拍子のリズムで回す。前節の mantecare が、そのまま人の役職名になっている。
Pasta Grammarは無塩バター約60gを薄く切って大皿に並べ、麺を茹で汁ごと運んでフォーク2本で完全オフヒートで和える(パルメザンチーズでの代用は不可、パルミジャーノ・レッジャーノ必須と明記)。Vincenzo’s Plateはグラスフェッドバター80gを入れたボウルを茹で鍋の上に乗せ、蒸気の間接加熱で溶かしてから茹で汁を大さじ2・2・1と三回に分けて乳化させる。GialloZafferanoだけが直火派で、無塩バター80gを極弱火で溶かしたフライパンに麺を入れて直火で絡め、火を止めてチーズを混ぜる。生クリームを使わない4流派の中では唯一、仕上げに黒胡椒をたっぷり挽くのもここだ。
対して生クリーム派の2流派。Chef Jean-Pierreはバターを一切使わず、生クリーム2カップだけで乳化させる(本人は動画内で自店でこのレシピを100万皿以上売ったと語るが、第三者の裏付けのない自己申告である)。Joshua Weissmanは生クリーム300mlとバター115gを併用し、同じ動画の中で「バターのみの伝統派」「クリーム入りアメリカ版」「カリフラワー使用の低カロリー版」を並べて作り比べる。
1907年か1908年のローマ対1966年アメリカという歴史の分断線と、2020年代の動画の作り方が、同じ位置で割れている。
- 古い食べ方内臓や鶏などのラグーと食べたという解説がある
- 伝承上の卵黄量卵黄が多い配合と、掲載された実用レシピは異なる
- 現代の一流派トリュフバターは仕込みの時間・温度が未確認
食べ方の変化を単一の歴史にせず、伝承・実用配合・現代の一皿を分けて見る。
タヤリン:卵黄30〜40個と、バター500gに白トリュフ30g
北イタリアのバターが最も贅沢に振る舞われるのが、ピエモンテ州の卵黄多めの平麺、タヤリン(tajarin)だ。
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Eatalyの解説によれば、タヤリンは遅くとも1500年代にはピエモンテで食べられていた。ただし当時の姿は今と違う。合わせたのは内臓肉・鶏・ウサギなどを使った質素なラグーで、クチーナ・ポーヴェラ(貧しい人の料理)の系譜だったとされる。
卵黄の数も注意が要る。ランゲ地方のCasa di Langaは「伝統的なレシピは小麦粉に対して非常に多くの卵黄を使い、しばしば1kgあたり30〜40個、ときにそれ以上と言われる」と書く。一方で、Eatalyが同じページで実際に載せているレシピは、小麦粉1kgに対して全卵9個+卵黄1個だ。「40個の卵黄」は伝統というより、レストランの看板であり、後年の贅沢化の産物と読むのが妥当だろう。ただしこの見立ての裏付けを一次資料まで遡れてはいない。
現在アルバで定番とされる食べ方は、削った白トリュフとバターだけ。Casa di Langaは、伝統はしばしば「バターとセージだけ」か「豪勢なロースト肉のソース」だったとも書いている。バター+白トリュフを「昔からの唯一の正統」と断定するのは、たぶん正確ではない。
当サイトがタヤリンと白トリュフで収録している唯一の流派(ItaliaSquisita)は、そこからさらに遠くへ行く。バター500gに白トリュフ30gを合わせ、氷で冷やしながら香りを移した「トリュフバター」を別仕込みし、牛肉500g・水1L・マルサラ酒30g・乾燥きのこ5gで肉のブロードを取り、塩75g・砂糖35g・卵黄4個で作る塩漬け卵黄まで添える。ItaliaSquisita自身がこの構成を「東洋の思想と料理の影響」と評している。
そしてこのデータには、正直な但し書きがついている。バターにトリュフを漬け込む時間と温度は、原典に記載がなく確認できていない。和える手順もチーズの有無も、材料表しか公開されていないため未確認である。500gと30gという数字は分かる。どう作るかは分からない。
- ミラノの三皿揚げ焼き、焼き付け、仕上げまでバターを使う
- ローマの例外サルティンボッカもバターで仔牛肉を焼く
- 現代の逸脱ローマ料理へバターを足す人気レシピもある
バター圏の傾向は強いが、土地の境界は料理ごとに揺れる。
ミラノは揚げても煮ても焼いてもバター、そしてローマの例外
境界線の北側では、バターは仕上げの調味料ではなく、調理そのものの媒体になる。ミラノの三皿を並べると、それがはっきりする。
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ミラノ風カツレツは、骨付き仔牛のロースにパン粉をまとわせ、オリーブオイルではなくバターで揚げ焼きにする。名の最古の記録は1855年、ジュゼッペ・ソルビアッティ『Gastronomia moderna』。2008年3月17日にはミラノ市が「costoletta alla milanese」にDe.Co.(市による呼称認定)を付与した。伝統形では、仕上げに鍋に残ったバターを上からかけて供する。揚げ油をソースとして飲ませる料理である。骨なしで極薄に叩いた現代版は「象の耳(oregia d’elefant)」と呼ばれ、区別される。
オッソブーコは、骨髄の入った仔牛すねの輪切りに薄力粉をまぶし、バターで両面を焼き付けてから白ワインとブロード、トマトで長く煮込む。最古の文献は1879年、同じソルビアッティの『Il Memoriale della Cuoca』。1891年のペッレグリーノ・アルトゥージの著書を通じて国外にも知られた。2007年にDe.C.O.認定。前述のとおり、リゾット・アッラ・ミラネーゼと同じ皿に盛られる。
ここまでは境界線の話に合う。合わないのが三皿目だ。
サルティンボッカは、薄く伸ばした仔牛肉にセージと生ハムを重ね、バターでソテーする。名は「口に飛び込む(salta in bocca)」。最古の記録はアルトゥージの1891年の著書『La scienza in cucina e l’arte di mangiar bene』の222番のレシピで、アルトゥージはローマの店で食べている。つまり、境界線の南側にあるローマの郷土料理が、堂々とバターで焼かれている。もっとも食の歴史家にはロンバルディア(ブレーシャ)起源説もあり、19世紀後半にローマから各地へ広まったとされる。
境界線は皿ごとに揺れる。地図に引ける線ではなく、傾向の話だと考えたほうがいい。
現代のシェフでも同じことが起きる。J. Kenji López-Altは、脂を一切使わないはずのローマのカチョ・エ・ペペに、オリーブオイル大さじ3で黒胡椒をブルームさせたうえ、無塩バター30gを加える。Serious Eatsのレシピ記事自体には伝統から外れると断る記述はないが、本人は別の動画(Food Lab Basics: POV Cacio e Pepe)で、この一手が伝統から外れると明言している。Gennaro Contaldoも、カルボナーラをパンチェッタ・卵・パルミジャーノ・バターで作り、生クリームを使わずにコクを出す(ただし当該動画にはバター系スプレッドの協賛が付いている点は、割り引いて読む必要がある)。「純粋なローマ式」と「実際に多くの支持を集めるレシピ」は、必ずしも一致しない。
- ナポリタン十gのバターを入れる時刻が流派で分かれる
- 明太子パスタ湯煎や麺の余熱だけでバターをソースにする
- 醤油バター火を止めて溶かす型と、鍋肌で焦がす型がある
日本の家庭料理でも、余熱で冷たい脂をつなぐ技法へ独自に行き着いた。
日本が独自に到達した「火を止めてからバター」
線を日本まで延ばすと、面白いことが起きている。
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ナポリタンで当サイトが比較した5流派のうち3流派が、仕上げにバター10gを使う。分量はほぼ揃っていて、割れるのはタイミングだけだ。リュウジは炒め終わりの残り1分でピーマンと一緒に。ファビオは麺をフライパンに戻した直後、黒胡椒と一緒に絡めてから自家製ケチャップ150ccを加える。落合務は麺を炒めず、火を止めてからパルメザン30gとバター10gで和える。同じ落合務はポモドーロでも「ソースにパスタを入れたら火をつけない」を鉄則とし、パルミジャーノ20gと無塩バター10gを一気に混ぜる。バターは高温では焦げ、火を止めた鍋の中では乳化する——冒頭の80・16・2が、そのまま手順になっている。
明太子パスタはさらに徹底している。リュウジ版は卵もチーズも生クリームも一切使わず、バター20g・明太子30g・昆布茶小さじ1弱・ガーリックオイル小さじ2を湯煎で練るだけで「クリーム」を作る。だれウマ版は有塩バター10gとマヨネーズ大さじ1をボウルに用意し、レンジで加熱したパスタの余熱だけでバターを溶かす。フライパンも直火も使わない。ローマ式のパスタが卵黄とチーズで支えている乳化を、日本の家庭料理はバター単独で代替している構図だ。
和風きのこパスタでは、醤油と一緒にバター(5〜20g)を溶かし込む流派が複数あり、コウケンテツは火を止めてから10〜20gを入れて溶かす。森シェフはバター5gとほんだし小さじ1/2を炒め合わせ、だし醤油を鍋肌から加えて少し焦がす。この「火を止めてから冷たい脂を溶かし込む」という構造は、フランス料理の monter au beurre やイタリアの mantecare と技術的に同型である。ただし、日本の醤油バターがそれらの系譜を引いているという証拠はない。同型に見えるだけで、別の文脈で独立に到達したと考えるほうが自然だ——これは本稿の見立てであって、出典はない。
一つだけ、バターらしく見えて実はバターではない皿もある。オレキエッテとチーマ・ディ・ラーパは、当サイトのバター関連ページとして拾われているが、本文に出てくるのは「バターナイフ」という道具名だけだ。セモリナ生地を1cm幅に切り、バターナイフで手前に引きずって裏返し、「貝殻」状に成形する。プーリアのこの一皿に、材料としてのバターは登場しない。南イタリアらしい、正しい不在である。
- 乳化の主役アルフレードやウォッカで冷たい脂を打ち込む
- 調理する脂北の肉料理では焼く、煮る、揚げる媒体になる
- 不在も意味を持つ南の魚介やローマ料理は油や豚脂で成立する
バターは仕上げだけでなく、乳化、加熱媒体、不使用の対照軸になる。
この素材が出てくる皿(総覧)
- フェットチーネ・アルフレード——6流派が生クリームの有無で4対2に割れる。バターだけの元祖は1人前20〜25g
- タヤリンと白トリュフ——バター500g+白トリュフ30gのトリュフバターを別仕込みする唯一の流派
- レモンのパスタ——6流派中5流派がバターを使う。GialloZafferanoは100gを温・冷の二段階で
- クアトロ・フォルマッジ——Pasta Grammarは無塩バター15g+牛乳120mlだけでチーズを溶く。GialloZafferanoは3流派で唯一、バターも生クリームも茹で汁も使わず牛乳だけで作る(Vincenzo’s Plateもバターは使わないが、茹で汁で濃度を作る)
- ウォッカのパスタ——火を止めてから冷たい角切りバターを打ち込む、教科書どおりのマンテカーレ
- ボンゴレ・ビアンコ——落合務は「ソースの乳化はバターを使って素早く、コクもプラス」と明言し、10gで白濁させる。Serious Eatsはバター14gを optional 扱いにし、なしでも成立させる
- ボロネーゼ——リュウジは仕上げにバター5g+粉チーズ大さじ1。Kenji López-Altは下ごしらえで無塩バター大さじ4とパンチェッタ227gを「色づけずに」8分炒める
- カチョ・エ・ペペ——正統派には脂がないはずの皿に、リュウジは10g、Kenjiは30gのバターを入れる
- ポモドーロ/ナポリタン/明太子パスタ/和風きのこパスタ——日本の流派が共有する「火を止めてから10g」
- オレキエッテとチーマ・ディ・ラーパ——出てくるのは道具の「バターナイフ」だけ
- セコンド:ミラノ風カツレツ(1855年)/オッソブーコ(1879年)/サルティンボッカ(1891年・ローマの例外)
- シェフ:J. Kenji López-Alt/Gennaro Contaldo/森シェフ
- 関連記事:塩の濃度は1%・1.5%・2%に割れる/ペコリーノとパルミジャーノの塩気差/落合務はトマトジュースで作る
規格が決めているのは80%・16%・2%という三つの数字だけだ。そこから、北イタリアの牧草地も、1907年か1908年のローマの3材料も、火を止めた日本のフライパンも出てくる。


