再生するとYouTubeの埋め込みプレーヤーを読み込みます。YouTubeで開く
- 新大陸の植物南米由来のトマトがコロンブス交換で欧州へ渡る。
- 籠が届くトスカーナ大公の家令が到着を日付付きで書き残す。
- 観賞用の時代美しさを楽しむ庭の植物として扱われる期間が続く。
イタリア最初期の記録は、料理でなく籠の到着報告だった。
1548年10月31日、ピサのコジモ1世にトマトの籠が届いた
イタリアのトマトで日付まで特定できる最古の記録は、料理の話ではありません。1548年10月31日、トスカーナ大公コジモ1世・デ・メディチの家令が、フィレンツェ郊外の領地トッレ・デル・ガッロから送られてきたトマトの籠が「無事に届いた」と書き送った——Museo del Cibo(パルマ県食の博物館)のトマト館が記録する、イタリアにおけるトマトの初出です(英語版Wikipediaの「Tomato」項目も年のみでこの記録を引いています)。誰がどう食べたかは書かれていません。届いた、とだけ書かれている。
詳しい解説を読む
そもそもトマトは南米西部、チリ・ペルー・エクアドル一帯を原産とする植物で、栽培化はおよそ7000年前に始まったとみられています(正確な年代は不明とされます)。ヨーロッパに渡ったのは1521年のコルテスによるアステカ征服の後、いわゆるコロンブス交換の一部で、1540年代までには地中海性気候の土地で育てられていました。到着後しばらくの扱いを示す言葉も残っています。フィレンツェの貴族ジョヴァンヴェットーリオ・ソデリーニは、トマトは「その美しさゆえにのみ求められるもの」で、庭や花壇でしか育てられていない、と書きました。要するに観賞植物です。
評価がもっと悪い地域もありました。イギリスの本草学者ジョン・ジェラードは、スペインやイタリアで食べられていることを知りながら、トマトには毒があると記述します。彼の見解は影響力を持ち、イギリスと北米植民地では長くトマトが「食用に適さないもの」と見なされました。いまポモドーロを作るとき、私たちは400年以上前に「観賞用」「毒がある」と書かれた植物を鍋に入れています。
- 炙って皮を剥く熟した実を熾火で炙り、刻める状態へ下ごしらえする。
- 香味と調味玉ねぎ、唐辛子、タイム、塩、油、酢を合わせる。
- 肉へ添える初期の料理書は、茹で肉などに使うソースと記す。
最古級のトマトソースは、麺より先に肉の添え物として現れる。
最初のトマトソースのレシピは、パスタ用ではなかった
活字として残る最古のトマトソースのレシピは、1692年にナポリで刊行が始まったアントニオ・ラティーニ『Lo Scalco alla Moderna』(1692〜94年、2巻)の444ページにあります。名前は「salsa di pomodoro alla spagnuola(スペイン風トマトソース)」。熟したトマトを半ダース熾火で炙って皮を剥き、刻んで玉ねぎ・唐辛子・少量の野生タイムと混ぜ、塩・油・酢で調える——ここまでは今のサルサに近い。問題は最後の一句です。原文は「per bollito, ò per altro」、つまり茹で肉などに、と書いてある。パスタ用ではありません。
詳しい解説を読む
パスタとトマトソースが同じ皿に載った最初の文献記録は、英語版Wikipediaの「Pasta」項目によれば1790年、ローマの料理人フランチェスコ・レオナルディの『L’Apicio Moderno』です。1548年の籠から242年、1692年の最初のソースから数えても98年。二つの完成した要素が、長いこと同じ半島にいながら出会わずにいた。
この遅さを頭に入れておくと、ポモドーロのシェフ別比較で見える作り方の幅——ホール缶を煮る人、無塩トマトジュースを煮詰める人、生のチェリートマトを潰す人——が、たかだか200年ちょっとで枝分かれしたものだと分かります。正解が一つに固まるには、時間が足りていない。
- シチリアの記録ポーロ以前に乾麺の大量生産と輸出が記されている。
- 米国の創作業界誌が販促のため、中国から持ち帰る物語を作った。
- 広まった俗説広告由来の筋書きが映像や記事を通じて定着した。
乾麺の先行記録が、広告生まれの起源説を退ける。
マルコ・ポーロは無実だ。犯人は1929年のアメリカの業界誌
「マルコ・ポーロが中国からパスタを持ち帰った」。これは史実ではありません。Gambero Rosso Internationalによれば、この物語の出所は1929年、全米パスタ協会(当時は全米マカロニ製造業者協会)の機関誌『Macaroni Journal』に載った短い記事です。ポーロの船に「スパゲッティ」という名の水夫が乗っていて、カタイ(中国)の海岸で麺づくりを目にし、帰ってからグラニャーノに工場を建てた——という創作でした。販促のために書かれた話が、100年近く生き延びている。
詳しい解説を読む
英語版Wikipediaの「Pasta」項目は、その全米パスタ協会自身がこの伝説を「イタリア食文化史上もっとも広まった俗説」と呼んでいることを引きつつ、食史家ジェーン・グリグソンはこの話を1920〜30年代のカナダのスパゲッティ会社の広告に由来すると考えていた、という別系統の説も併記します。出所は二説あるが、史実ではないという点では一致している。
反証の年表ははっきりしています。アラブの地理学者アル=イドリースィーは1154年、ノルマン王ルッジェーロ2世のために書いた地誌で、シチリアのテルミニの西にあるトラビアという集落に「イトリーヤ(itriyya)を大量に作り、各地へ輸出している大きな建物がある」と記録しました。マルコ・ポーロがヴェネツィアに帰り着くのは1290年代。麺の産業は、出典の言い方を借りれば「少なくともその1世紀半前」のシチリアで、すでに輸出規模で動いていた。14世紀のボッカッチョ『デカメロン』にもパルミジャーノの山からマカロニとラビオリを転がす空想が出てきます。
ついでに言えば、イタリアの郷土料理は「古ければ古いほど本物」でもありません。バーリのアッサシーナは1967年、レストラン主人エンツォ・フランカヴィッラが考案した一皿です。
- 1770年伝説種が贈られたという起源譚で、史実としては留保がある。
- DOPの範囲指定地域、認定品種、加工方法を制度として保証する。
- 対象の形皮むきホールとフィレの加工品が保護対象になる。
DOPが保証するのは伝説や味の優劣でなく、産地・品種・加工。
サンマルツァーノの「1770年伝説」と、DOPが実際に保証していること
サンマルツァーノには、英語圏の食メディアが繰り返す起源譚があります。「1770年、ペルー副王領からナポリ王国への贈り物として最初の種がカンパーニアに渡り、サン・マルツァーノ・スル・サルノに蒔かれた」。ただし英語版Wikipediaはこれを「One story goes that(こんな話がある)」という留保つきで紹介するにとどめます。同じ項目が事実として書くのは、この品種の商業的導入は1926年、という別の年代のほうです。
詳しい解説を読む
制度としてのDOPはもっと具体的です。「Pomodoro San Marzano dell’Agro Sarnese-Nocerino」のDOP(原産地呼称保護)はEU規則(CE) No.1263/96(1996年7月1日)により与えられ、1996年7月2日付のEU官報 L163号で公示されました。カンパーニア州の公式情報によれば、生産区域はサレルノ・ナポリ・アヴェッリーノの3県にまたがる41市町村(一部のみ含まれる市町村もある)。規約はSan Marzano 2とKIROS(およびその改良系統)しか認めていない。保護組合(Consorzio di tutela)の設立は認証の3年後、1999年でした。
肝心なのはここです。DOPが指定しているのは産地・品種・加工方法であって、味の優劣ではありません。しかも保護の対象は加工品で、カンパーニア州の説明ではDOPが指すのは「pelato(皮むきホール)」と「pelato a filetti(フィレ)」の2形態のみ。生のトマトにDOPは付きません。缶詰トマトのパイオニアであるフランチェスコ・チリオが1900年代初頭、数百の品種のなかからサンマルツァーノを選んで最初の皮むき缶詰を作った——という歴史の上に、この呼称は乗っています。サンマルツァーノDOPのトマト缶で買っているのは味の保証書ではなく、産地と品種と加工形態の証明書です(サンマルツァーノDOPは産地の証明であって、味の保証ではない)。
- DOPシール正規の保護名称と認証表示が缶にあるかを確認する。
- 認証番号缶底の番号など、流通個体を追える手がかりを見る。
- 形状ホールかフィレか、規約が認める加工形態と照合する。
San Marzanoの文字だけでなく、認証表示・番号・形状を見る。
偽装率95%——名前だけが先に世界へ出ていった
サンマルツァーノDOP保護組合の当時の会長エドアルド・ルッジェーロ氏は2011年、イタリア食材をアメリカへ輸入するニューヨーク・ブロンクスの業者Gustiamoに対して、アメリカで「サンマルツァーノ」として売られているトマトのうち本物は「最大でも5%」だと述べました(TASTEがこの発言を引いています)。つまり残り約95%は非正規品ということになります。2011年時点の推計で、その後どう動いたかを示す数字は見つけられていません。
詳しい解説を読む
内訳は2系統。無印のイタリア産トマトを輸入してアメリカ国内でDOPラベルを貼るものと、アメリカ国内で栽培した別品種に「San Marzano」の名を付けて売るもので、後者は名称自体が米国では保護されていないため違法ではありません。同じ棚に、詐欺と合法が並んでいる。
手がかりは缶に書いてあります。正規品はDOPの認証シール、保護組合のシール、缶底の認証番号の3点を備えます(ただしTASTEは「それでも五分五分だ」と釘を刺しています)。EUに登録されている名称は「Pomodoro S. Marzano dell’Agro Sarnese-Nocerino」(規則1263/96の一覧に載る表記)で、単に「San Marzano」と書いてあるだけの缶はこの呼称の正規品とは限りません(編集部の見立て)。形状はホールかフィレのみで、つぶした状態やカットで「サンマルツァーノDOP」を名乗る缶は規約の想定と食い違います。
その意味では、素性がはっきりした普通の缶のほうが安心なこともあります。ムッティは日本のスーパーでも手に入り、輸入元が保存料・添加物不使用を明記。カルディの定番ラ・プレッツィオーザは400gで100円前後からという価格帯で、「安い缶と高い缶」の基準線になります。小倉知巳が自身の発信で銘柄を明記するカンポグランデのポモドリーニ・ペラーティのように、プロが名前を出して選ぶ缶もある。ラベルの権威より、書いてある内容のほうが読む価値があります。
- ホール潰し具合を自分で決められ、煮崩れる速度も遅い。
- カット角切り工程が済み、粒のそろった食感を短時間で作れる。
- パッサータ潰して漉す工程まで済み、なめらかな土台から始められる。
三形態は格付けでなく、調理前に済んだ加工の量が違う。
ホール・カット・パッサータは、缶の中でどこまで仕事が終わっているかの違い
トマト缶の分類は格付けではなく、加工がどこまで進んでいるかのスペクトラムです。ホールトマト缶は皮を剥いた実がそのまま入り、潰し具合を自分で決められて煮崩れが遅い。カットトマト缶は角切り済みで、時短が効き食感が揃う。パッサータ(裏ごしトマト)は潰す・漉す工程そのものが不要な状態まで終わっている。優劣ではなく、どの作業を自分でやりたいかの選択です。
詳しい解説を読む
比較データを横断すると、その選択が実際にばらけています。アマトリチャーナの6人は、リュウジがトマト缶1/3、ファビオがパッサータ160g、日髙良実がカットトマト缶400g、Vincenzo’s Plateが皮なしトマト缶400g、Pasta Grammarがホールトマト400gをフォークで潰し、Italia Squisitaもホールトマト400g、と5通りに割れます(同じ皿で玉ねぎを入れるのは2人だけ、という別の分岐は玉ねぎを入れるのは6人中2人だけへ)。
量も桁が動きます。ナポリ風ラグーではGiallozafferanoがパッサータ2Lにすすぎ水2Lを足し、Italia Squisitaはパッサータ5kgに濃縮トマト200gを合わせる。日曜に大人数分を仕込むソースだからです。逆にウォッカのパスタでは、Joshua Weissmanがトマトペースト256g、Giallozafferanoがトマトピュレ250gと水分の少ない濃縮系を選ぶ。生クリームとウォッカで水分が入るぶん、トマトは薄めず濃さで押す設計と読めます。ボロネーゼに至っては、小倉知巳の「トマトなし」からKenji López-Altの「ホールトマト缶800gをブレンダーで滑らかに」まで振れ、肉のラグーにおけるトマトの定位置は存在しません。そのハンドブレンダーは、質感を後から決め直せる道具でもあります。
- 利用しやすいリコピン加熱で形が変わり、体内へ取り込みやすい方向に動く。
- ビタミンC熱と酸化の影響を受け、加熱時間とともに減っていく。
- 種まわりの旨味ゼリー部には旨味成分があり、除く必然性は確認されない。
生か加熱かは優劣でなく、残したい成分と味で選ぶ。
加熱で増えるもの、消えるもの
「トマトは生のほうが体にいい」は、少なくともリコピンについては逆です。コーネル大学のRui Hai Liu氏らの研究(Journal of Agricultural and Food Chemistry、2002年4月17日号)では、88℃で加熱するとトランス型リコピンが2分で+54%、15分で+171%、30分で+164%に増加。シス型も+6%・+17%・+35%、総抗酸化活性は+28%・+34%・+62%と増え、ビタミンCだけが酸化により−10%・−15%・−29%と減りました。
詳しい解説を読む
ヒト試験もあります。オハイオ州立大学のUnluらが健康な成人12名で行ったランダム化クロスオーバー試験(British Journal of Nutrition、2007年)では、加熱でシス型が多くなったソースのほうが、全トランス型主体のソースより血中リコピン応答が有意に高くなりました。
通念もひとつ倒れます。「種は苦いから取り除くべき」。2007年のJournal of Agricultural and Food Chemistry掲載の研究では、うま味成分のグルタミン酸はむしろ果肉よりゼリー部分に多いと示され、Cook’s Illustratedのブラインドテイスティングでも種入りと種抜きで味の差は検出されませんでした。手間をかけて、うま味を捨てていたわけです。
一方で、書けないこともあります。「長く煮込むほど酸味が消えて甘くなる」という通説については、煮詰めて酸が濃縮されるから酸味は増すという説明と、酸が飛んで和らぐという説明の両方が流通しており、査読済みの一次研究による決着を確認できませんでした。確実なのはリコピンの増加とビタミンCの減少までです。短時間で仕上げるアラビアータと、揚げ茄子を合わせるノルマや保存食で組み立てるプッタネスカで味が違うのは確かですが、それを「酸が飛んだ」の一語で説明するのは根拠を超えています。なお加熱を最小限にする道もあります。シチリアのトラーパニ風ペストは、トマトとアーモンドを乳鉢やミキサーですり潰す生ソース系ですが、比較した3人はいずれもトマトの湯むきやアーモンドのローストという下ごしらえの加熱を挟んでいます。
- ローマの境界豚脂とチーズの皿へトマトを足すと料理名が変わる。
- ナポリの白い煮込み牛肉と大量の玉ねぎで、トマトなしの肉ソースを作る。
- ボンゴレの二系統同じ貝の皿に、赤いロッソと白いビアンコが並ぶ。
トマトの有無は、地域料理の名前を分ける境界として働く。
トマトを入れない側から見ると、線がよく見える
トマトの位置は、入れない皿と並べたときにいちばんはっきりします。ローマのグリーチャはグアンチャーレ・ペコリーノ・黒胡椒だけの一皿で、ここにトマトを足すとアマトリチャーナ、卵を足すとカルボナーラになる、という関係で語られます。「トマトを入れるか入れないか」が、そのまま料理名を分ける線になっている。
詳しい解説を読む
ナポリにも同じ構図があります。ジェノヴェーゼ(ナポリ風)は牛肉と大量の玉ねぎだけを何時間も煮込む白い肉ソースで、トマトを使わず、名前に反してジェノヴァ発祥でもない。ヴェネトのビゴリ・イン・サルサも、玉ねぎとアンチョビだけで作る「質素な日」のトマト不使用パスタです。海へ行けばスパゲッティ・アッロ・スコリオに、トマトを入れる「ロッソ」と入れない「ビアンコ」が並立しています。
缶を使わないという分岐もあります。落合務はトマト缶を使わない——ポモドーロを比べた6人のうち、彼だけが無塩トマトジュース400mlを鍋で半量まで煮詰めてソースにします。本人の説明は「もとは同じトマトだもんな」。缶詰という加工工程を、そもそも経由しない選択です。
- 国産ケチャップ明治期に国内製造が始まり、調味料として先に普及する。
- ホテル版戦後の元祖はケチャップでなく複数トマトのソース。
- 喫茶店版国産乾麺の普及期にケチャップ味が全国へ広がる。
ケチャップの国産化は、ナポリタン普及より数十年早い。
ナポリタンのケチャップは、ナポリタンより40年以上先に日本にあった
日本の話をします。カゴメ公式の年表によれば、創業者の蟹江一太郎が西洋野菜の栽培に着手して最初のトマトの発芽を見たのが1899年(明治32年)。1903年(明治36年)にトマトソース(現在のトマトピューレー)の製造に着手し、1906年に本格生産へ。1908年(明治41年)にトマトケチャップとウスターソースの製造を開始します。1914年(大正3年)に「愛知トマトソース製造(資)」として法人化、「カゴメ株式会社」への改称は1963年(昭和38年)です。
詳しい解説を読む
つまり国産のトマトケチャップは、喫茶店のナポリタンが全国へ広がる1950年代より40年以上前から作られていました。「あの味」の正体は、調味料そのものの新しさではない。ナポリタン発祥のホテルは、ケチャップを使っていなかったで扱ったとおり、横浜ホテルニューグランドの元祖ナポリタンは生トマト・水煮トマト・トマトペーストを合わせたトマトソース仕立てでした。ケチャップ主体・ベーコンとピーマンの喫茶店版は、ホテルの一皿が人気になった後に横浜のセンターグリルなどを経て広まった系統とされます。食べログマガジンによれば1955年の国産スパゲッティ乾麺の販売開始が普及の契機で、同じ年に神保町の「さぼうる」が開業しました(年代には諸説あります)。
いまの手順は、その後の厨房で積み上がったものです。「炒めるのは具だけ」:落合務のナポリタンは麺に火を入れ直さないで並べたとおり、ケチャップをどう煮詰めるか、麺をいつ茹でておくかで結果が変わる。コウケンテツはケチャップ・ホールトマト・ウスターソースを軽く煮詰めてから具材と合わせ、茹でた麺をマヨネーズで和えて寝かせる大阪の喫茶店ナポリタン再現を軸に置き、くまの限界食堂は「トマト缶も生クリームも不使用」といった縛りで引き算の実験をします。日本のトマトパスタはイタリアの正統から派生したのではなく、国産の加工品を出発点に別系統で育った。隣に明太子パスタが並ぶのも同じ土壌の話です。
- 主役のソースポモドーロやアラビアータでは、形態と煮方が皿を決める。
- 境界を作る脇役ボンゴレなどでは、入れるかどうかで料理の型が分かれる。
- 加工を選ぶ道具缶の形態やミキサーで、最後の質感を作り分ける。
トマトは主役だけでなく、料理名と質感を分ける変数になる。
この素材が出てくる皿・道具・シェフ
主役として立つ皿はポモドーロ、アマトリチャーナ、アラビアータ、プッタネスカ、ボロネーゼ、ナポリ風ラグー、ノルマ、アッサシーナ、トラーパニ風ペスト、ウォッカのパスタ、ナポリタン。脇役の側にも面白い分岐があります。墨の風味をどこまでトマトで支えるかで割れるイカスミのパスタ、赤と白が並立するスパゲッティ・アッロ・スコリオ、苦味にトマトペーストで甘みを足すかどうかが流派になるオレキエッテとチーマ・ディ・ラーパ、甘酸っぱさのなかにトマトが顔を出す流儀のあるイワシのパスタ。材料表に載らないはずのアーリオオーリオにも、2つの流派の記述にトマトが出てきます。
詳しい解説を読む
セコンド側も同じです。ミニトマトと水を軸にして白身魚を煮るアクアパッツァ、ミニトマトとオリーブを敷いて焼くリグーリア風のスズキのオーブン焼き、甘酢で煮絡めるシチリアのカポナータ、揚げた茄子とチーズを重ねて焼く茄子のパルミジャーナ、もとはトマトを使わなかったとされる鶏のカッチャトーラ、松の実とレーズンを包んだ肉団子を煮るポルペッテ・アル・スーゴ。逆に白ワインとブロードを土台に煮るオッソブーコ(ミラノ風)では、トマトは主役の座を降りて煮汁の一要素にとどまります。
缶と道具のページはホールトマト缶・カットトマト缶・パッサータ・サンマルツァーノDOP・ムッティ・ラ・プレッツィオーザ・カンポグランデ・トマトケチャップ・ハンドブレンダー。1548年に「無事に届いた」と書かれた籠の中身が、いまはこれだけの形に分かれて棚に並んでいます。


