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この記事では、パスタ図鑑のうちシェフ別比較がある30皿の実演記録を手がかりに、オリーブオイルの使い分けを見る。
ところが、この油をめぐって世間で通っている話は、確かめると根拠が見つからないものが多い。「エキストラバージンは加熱に弱い」も、「日本で売られているエキストラバージンは国の基準を満たしている」も、一次資料を開くと事情が違う。規格・科学・レシピの三方向から、この油を縦に見ていく。
- 中心材料の22皿材料データ上で、オリーブ油が明示的な役割を持つ。
- 隠れた4皿炒め油やパン粉のトースト油として個別流派に現れる。
- 油なしの4皿豚脂、乳製品、トリュフなど別の脂と香りで成立する。
材料表に立たない油まで含めると、使用範囲は22皿より広い。
22皿に入っていて、残りの8皿にもこっそり入っている
材料データで「中心の材料」にオリーブオイルが立っていないのは8皿だけだ。ジェノヴェーゼ(ナポリ風)、グリーチャ、フェットチーネ・アルフレード、ビゴリ・イン・サルサ、ノルマ、クアトロ・フォルマッジ、イワシのパスタ、タヤリンと白トリュフ。
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ところが個別のシェフのレシピを開くと、この8皿のうち半分では油が出てくる。ジャッロザッフェラーノのジェノヴェーゼ(ナポリ風)は、牛肉600gと薄切り玉ねぎ1.5kgを「たっぷりのオリーブオイル」で炒めるところから始まる。パスタ・グラマーのイワシのパスタは、パン粉65gをオリーブ油30mlでトーストして仕上げにかける。シチリアで「貧者のチーズ」と呼ばれるあのパン粉は、油で色づけないと成立しない。ビゴリ・イン・サルサ(オリーブオイル45g)とノルマ(たっぷりのエキストラバージンオリーブオイル)も同じだ。逆にグリーチャ・フェットチーネ・アルフレード・クアトロ・フォルマッジ・タヤリンと白トリュフには、どの流派の記述にも油が出てこない。
つまり22という数字は控えめな下限だ。この油は、材料表に名前が立っていないところでも仕事をしている。
- 遊離酸度実の傷みや搾油、保管の状態を見る化学条件の入口。
- 化学試験過酸化物価や紫外線吸光度など複数の条件を通す。
- 官能評価専門パネルが欠陥なしと果実味ありを味見で判定する。
EVOOは酸度の数字だけでなく、化学値と官能の両方で決まる。
0.8%は入口にすぎない。エキストラバージンの関門には「味見」がある
国際オリーブ協会(IOC)のトレードスタンダードは、オリーブオイルを遊離酸度(オレイン酸換算・100gあたりのグラム数)で切り分ける。エキストラバージンオリーブオイルは0.8g以下、バージンオリーブオイルは2g以下、3.3gを超えるランパンテは精製しないと食用にできない。
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ここで数字の並びが直感に反する。精製オリーブオイルの上限は0.3gで、エキストラバージンの0.8gより低い。酸度が低いほど上等、という読み方は成り立たない。遊離酸度は品質の総合点ではなく、実が傷んでいたか搾りや保管が乱暴だったかを示す指標にすぎず、精製工程は化学的に酸を落とせてしまう。
さらに関門は酸度だけではない。トレードスタンダードの表(COI/T.15/NC No. 3/Rev. 22)は、エキストラバージンに過酸化物価20.0meq O2/kg以下、紫外線吸光度K270が0.22以下・ΔKが0.01以下という化学条件を課し、さらに官能評価で欠陥のメジアンが0.0、果実味のメジアンが0.0超であることを求める(K232にも2.50以下という値が同じ表にあるが、取引当事者が任意で適用する項目という注記が付いており、必須要件ではない)(IOC Trade Standard)。つまり訓練された専門家パネルが欠陥をひとつも取らず、果実味を認めること。数字が全部そろっても、味見で欠陥を指摘されればエキストラバージンにはならない。化学値と官能評価の両方を等級の必須要件にしている点が、この規格の特徴だ。IOCの等級としては、エキストラバージンオリーブオイルという表示は機械の測定値と人間の舌の両方を通ったという意味になる。
- IOC規格EVOOなどを化学条件と官能評価で細かく区分する。
- 日本のJAS食用オリーブ油と精製オリーブ油の二区分を定める。
- 自主ルール国内のEVOO表示は業界の公正競争規約が補う。
日本のEVOO表示は、JASの等級表だけでは読み切れない。
日本のJASを開くと、そこに「エキストラバージン」の欄はない
では日本の店頭に並ぶ「エキストラバージン」は、どの基準で名乗っているのか。
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食用植物油脂の日本農林規格(JAS 0523:2024)の表11「食用オリーブ油の等級ごとの品質基準」を開くと、区分は2つしかない。「オリーブ油」と「精製オリーブ油」だ。前者の酸価は2.0以下、後者は0.60以下。エキストラバージンもバージンもランパンテも、この表には存在しない。
酸価はIOCの遊離酸度とは別の指標で、油1gの遊離脂肪酸を中和するのに要する水酸化カリウムのミリグラム数を表す。オレイン酸換算の係数はおよそ0.503なので、酸価2.0はおよそ1.0%。IOCがエキストラバージンに課す0.8%より緩い。しかも表記が違うため、棚の前で見比べても気づけない。
背景には加盟関係もある。IOCの加盟は21(20の国とEU)で、日本もアメリカも入っていない。地中海沿岸の生産国が中心の枠組みだからだ。
この空白が埋まりはじめたのは意外なほど最近だ。「エキストラバージンオリーブオイルの表示に関する公正競争規約」の認定が2023年2月17日、告示が同年3月22日。グレード表示を容器包装の見やすい場所に書くこと、同一ラインでアレルゲンを扱う場合の表示などが定められた。この規約を管理・運営する日本オリーブオイル公正取引協議会が設立総会を開いたのは、認定・告示から1年後の2024年3月28日だ。国の法定等級ではなく、業界の自主ルールとしてのスタートである。
- 発煙点煙が出始める温度で、加熱中の劣化全体は示さない。
- 酸化安定性熱にさらした時間の中で、酸化へ耐える度合いを見る。
- 脂肪酸組成多価不飽和脂肪酸の多さも壊れやすさへ関係する。
加熱油は発煙点一つでなく、酸化安定性と組成も見る。
発煙点は、その油が加熱に耐えるかどうかを予測しない
「エキストラバージンは発煙点が低いから加熱に向かない」。この説明は広く流通しているが、実測と付き合わせると崩れる。
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オーストラリアのModern Olives Laboratory Servicesが2018年に発表した試験は、スーパーで買える10種類の食用油を、25℃から240℃まで昇温する試験と、180℃で6時間揚げ続ける試験の2本にかけた。まず測られた発煙点そのものが通説と食い違う。エキストラバージンオリーブオイルは206.67℃。ココナッツオイルは191.00℃、アボカドオイルは196.67℃で、どちらもEVOOより低かった。菜種油は255.67℃でEVOOより高いが、この油は加熱後の極性化合物が22.43%と全10種で最悪だった。発煙点が高くても壊れやすい油はある。「高発煙点」として売られるグレープシードオイルは268.00℃と確かに高い。
問題はその先だ。110℃のランシマット法で測った酸化安定性は、EVOOが32.70時間に対してグレープシードオイルは6.57時間。加熱後の極性化合物がもっとも少なかったのはEVOOで、次点がココナッツオイルだった。論文の結論は「本研究の条件下では、発煙点は加熱時の油の挙動を予測しない」であり、より妥当な予測因子として酸化安定性・二次酸化生成物・多価不飽和脂肪酸の総量を挙げている。グレープシードオイルのリノール酸含量は68.4%。壊れやすい二重結合が多い油は、煙が出にくくても中で壊れている。
ただしこの試験はオリーブ産業に近い試験所によるもので、論文自身も「食材を入れずに加熱した」ことを限界として明記している。独立した裏付けは、ポルトガルのCasalらが2010年にFood and Chemical Toxicology誌(48巻10号、2972-2979頁)に出した揚げ試験にある。極性化合物が法定上限の25%に達するまで、オリーブオイル各種は24〜27時間、比較用の市販植物油ブレンドは15時間だった。方向は一致している。
実際の調理も通説より大胆だ。ジャッロザッフェラーノのノルマは、たっぷりのエキストラバージンオリーブオイルを170〜180℃に熱して茄子を揚げ、その揚げ油をスプーン1杯ソースの仕上げに戻し、さらに生のオイルを一垂らしする。同じ瓶が揚げ・仕上げ・生の三役をこなす。茄子のパルミジャーナも茄子を揚げるし、アッサシーナのヴィンチェンツォ版は大さじ10〜15の油を鋳鉄フライパンで高温にしてから、茹でていない乾麺を直接焼き付ける。
- 喉の刺激オレオカンタールが口腔咽頭の痛覚系へ働きかける。
- 唐辛子の辛さ別の化合物と受容体を通じて、熱い刺激として感じる。
- 舌の苦味オレウロペイン誘導体が苦味受容体へ届く感覚。
喉の刺激、唐辛子の辛さ、舌の苦味は別の経路。
喉が焼けるのは「辛味」ではない。刺しているのは痛覚のチャネルだ
搾りたての良いオイルを飲むと、舌ではなく喉の奥が焼ける。この感覚を最初に化学の側から捕まえたのが、2005年9月1日付のNature誌437巻7055号45-46頁に載ったBeauchampらの短報だ。彼らは、その刺激が鎮痛薬イブプロフェンの液剤を飲んだときの喉の刺激とよく似ていることに気づき、原因物質を単離してオレオカンタールと名づけた。oleo(オリーブ)+canth(刺す)+al(アルデヒド)の合成語である。
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似ているのは感覚だけではなかった。同じ25μMの濃度で比べると、オレオカンタールはCOX-1・COX-2の活性を41〜57%阻害し、イブプロフェンは13〜18%にとどまった。同濃度ではオリーブオイル由来の化合物のほうが強い。
そして刺激の受け取り側も特殊だ。オレオカンタールが結合するのはTRPA1という三叉神経系のチャネルで、味覚受容体ではない。しかもこの反応は口腔咽頭領域にほぼ限局する。舌が辛いのではなく喉だけが焼けるのは、そのためだ。唐辛子で辛さを組み立てるアラビアータやアーリオオーリオの刺激とは、化合物も受容体も別系統だと考えてよい。
苦味はさらに別物で、主役はオレウロペインとその誘導体(オレウロペインアグリコンなど)。こちらは舌のTAS2R系の苦味受容体を叩く。だから「辛いオイル」と「苦いオイル」は同じ意味ではない。オレキエッテとチーマ・ディ・ラーパのように苦味野菜を主役にする皿では、油の苦味をどちら向きに使うかで印象が変わる。
濃度を決めるのは収穫時期だ。オリーブの木はまだ青い実と葉にオレウロペインを溜めて虫を遠ざける。10月上旬に摘んだ実から搾ったオイルは、同じ実を12月下旬に摘んだ場合と比べてポリフェノールが3〜5倍になるという。早摘みのオイルが高く、辛く、苦いのには理由がある。
- タジャスカふくよかで穏やか、苦味も控えめな方向にある。
- コラティーナスパイシーさと苦味が立ち、ブレンドの骨格にもなる。
- 土地と品種産地料理との組合せで、瓶の個性が皿の個性になる。
品種の両端を比べると、油に単一の標準味はない。
タジャスカとコラティーナ。「オリーブオイルの味」というものは存在しない
品種を2つ並べれば十分だ。
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リグーリア州のタジャスカは、バターのようなふくよかさとフルーティさ、ごくわずかな苦味という穏やかな性格で、リグーリアの生産の98%を占めるとされる。プーリア州のコラティーナは正反対で、エレガントかつスパイシー、そこに苦味が乗る。単体でも使われるが、他品種にブレンドして骨格を与える定番でもある。両端がこれだけ離れている以上、「オリーブオイルの味」という単一の基準点は存在しない。
土地とのつながりも見える。スズキのオーブン焼きのリグーリア風は、じゃがいも・ミニトマト・松の実とともにタジャスケオリーブを敷き詰めて焼く。実として食べても穏やかな品種の土地では、油も穏やかに仕上がる。逆に、味付けが塩・胡椒と良質なオリーブオイルだけのビステッカ・フィオレンティーナでは、瓶の個性がそのまま皿の個性になる。逃げ場がない。
では品種はいくつあるのか。ここは正直に書く。確定した数字が存在しない。Eatalyの解説は「イタリアだけで少なくとも400種」とし、オリーブ遺伝資源の学術レビューは「イタリアのオリーブ遺伝資源は約800品種と推定される」と書く。同レビューによれば世界最大のコレクションはイタリアのCRA-OLI(オリーブ研究センター、2015年の再編で現在はCREA-OFAに統合)が持ち、500品種を超える。数字が2倍もばらつくのは、農家が代々挿し木で受け継いできた地方在来種の記録が追いついていないからだ。要するに、誰も数え切れていない。
数と量も一致しない。IOCの2024年12月発表によれば、2023/24年度の世界生産は約256万4,000トンで、スペインが85万4,000トン、イタリアは32万8,500トン。イタリアは世界の13%ほどで、生産量では2位だ。品種の多様性で群を抜く国が、量では大差の2位にいる。
- 麺からデンプン茹で湯へ溶け出し、水側の増粘と安定を助ける。
- 脂を加える語源のmantecaが示す脂を、水分へ細かく分散させる。
- 激しく混ぜる脂の粒を懸濁させ、艶のあるソースを麺へまとわせる。
mantecareは手さばきより、脂をソースへまとめる工程の語。
mantecareの語源は「手」ではなく「脂」だった
パスタの仕上げでフライパンを振り、ソースを麺にまとわせる工程をイタリア語でmantecare(マンテカーレ)という。この語を「手で扱う」と説明する記事は多いが、伊語辞典のTreccaniはmanteca(バター・脂)からの派生と書く。mantecaはスペイン語由来で、さらに遡ると前ローマ期の基層語にたどり着くらしい。乳化工程を指す言葉が、最初から脂の側から名付けられていたことになる。
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仕組みのほうは素直だ。麺を茹でると湯にデンプンが溶け出す。この濁った湯が乳化剤かつ増粘剤として働き、激しく撹拌すると脂の粒が水中に分散して懸濁する。生クリームを入れなくても、とろりとして艶が出るのはこのためだ。
だから油は「香りづけ」だけの脇役ではなく、乳化する側の実体そのものになる。ボンゴレ・ビアンコで流派が割れるのは、貝から出た汁と油をどう一体化させるかであって、日高良実版は調理用のEVオリーブオイル大さじ2と、火を弱めてから加える小さじ1.5を分けている。レモンのパスタは、レモンの皮と果汁でチーズと脂を軽いクリーム状にするだけの皿で、乳化を何で作るかがそのまま流派の分岐点になる。
パスタの外にも同じ原理が転がっている。ヴィテッロ・トンナートのソースは、卵黄とオリーブオイルの乳化、つまりマヨネーズそのものだ。ヴェネト州のバッカラ・アッラ・ヴィチェンティーナは、戻した干し鱈をオリーブオイルと牛乳で数時間、混ぜずに鍋を揺すり続けてクリーム状にする。撹拌ではなく振動で乳化させる、pipareという技法である。
- 入れない豚脂だけで組み、オリーブ油を排除する流派がある。
- 補助に使う炒め油、追い油、脂が足りない時の代打として使う。
- 主役にする香りの媒体と乳化の本体として大量に使う皿もある。
オリーブ油は必需品でなく、ゼロから主役まで役割が振れる。
入れる量が0から大さじ15まで割れる素材
同じ素材で、シェフごとにこれほど扱いが割れるものも珍しい。
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炒め用と仕上げ用を分ける型。 リュウジは複数のレシピで、材料表にオリーブオイルを2行書く。炒め用と「仕上げの際に追加で」だ。ポモドーロも同じ構えで、大さじ1で炒め、和える段階でもう大さじ1を足す。詳しくはなぜ材料表にオリーブオイルが2回出てくるのかにまとめてある。
油を主役に据える型。 落合務は、アーリオオーリオの最大のポイントは「オリーブオイルに香りと辛味を移し、ソースを乳化させること」だと述べる。EVオリーブオイル50ccと潰したニンニク3かけを常温から強火にかけ、フライパンを傾けて油を集める。油が香りの媒体であり、同時に乳化の本体でもある。
あえて入れない型。 ファビオのアマトリチャーナは「ラツィオ州ローマのクラシックでは、玉ねぎもオリーブオイルも使いません」と明言し、グアンチャーレの脂だけで組み立てる。逆に小倉知巳のカルボナーラは、グアンチャーレから脂が十分に出ないときに少量のオリーブオイルを足す。同じ豚の脂の料理で、排除する側と代打に使う側に割れる。
伝統からの意図的な逸脱。 ローマ正統のカチョ・エ・ペペにはニンニクもオリーブオイルも入らない。ケンジ・ロペス=アルトはそこに大さじ3を持ち込み、黒胡椒小さじ1を中弱火で1分かけて香りを立て、仕上げにさらに大さじ1を加える。逸脱を承知の設計だ。
量の振れ幅。 ナポリ風ラグーのイタリア・スクイジータ版はエキストラバージンオリーブ油200gと豚脂100gを並べ、アッサシーナは大さじ10〜15、ファビオのアマトリチャーナは0。ひとつの素材でこの幅は異常だ。
溶かす道具として。 プッタネスカとオレキエッテとチーマ・ディ・ラーパは、どちらもアンチョビを油に溶かして消す工程が核心にある。スパゲッティ・アッロ・スコリオやイカスミのパスタでは油が魚介の香りを受け止める器になり、ノルチャ風やウォッカのパスタでは豚肉の脂を出す前の呼び水として置かれる。
麺に練り込む型。 ファビオのボロネーゼ用の手打ちタリアテッレは、00粉100g・卵黄2個・塩2gにEXオリーブオイル10ccを合わせる。生地に油を入れるかどうかは生パスタの配合、2人のうち明かしているのはファビオだけの論点でもある。
日本側の扱い。 ナポリタンでは落合務がオリーブ油大さじ2とバター10gを併用する。和風きのこパスタはリュウジがサラダ油を基本にして油を代替扱いにし、コウケンテツは大さじ2でニンニクの香りを出す。明太子パスタのコウケンテツ版は、牛乳・卵黄・オリーブオイル大さじ1・マヨネーズを混ぜるだけで、火をいっさい使わずに乳化させる。
- 無加熱ペーストバジルやアーモンドを潰し、最後に生の油を混ぜる。
- 香りを移す型同じ皿でも油へニンニクや茎を加熱して移す流派。
- 保存の油膜表面を薄く覆い、バジルを空気から遮る使い方。
無加熱ソースでも、油は結着・香味・保存の三役を持つ。
火にかけないまま主役を張る系譜
油を最後まで加熱しない設計は、南北どちらにもある。
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ジェノベーゼ(バジルのペスト)とトラーパニ風ペストは、どちらも乳鉢やブレンダーで潰して作る無加熱ソースだ。前者はリグーリア州ジェノヴァ、後者はシチリア州トラーパニで、イタリアの北の端と南の端にあたる。同じ発想が両端に立っている。パスタ・グラマーのトラーパニ風は、ニンニク・バジル・湯むきトマト・ローストしたアーモンド・ペコリーノロマーノを挽いたあと、最後にエキストラバージンオリーブオイル大さじ1を混ぜ込んだ時点で完成とする。油を入れた瞬間がソースの完成点になる。
面白いのは例外の作り方だ。ファビオのトラーパニ風だけは、先にフライパンでEXオリーブオイルにニンニクとバジルの茎の香りを移してから使う。同じ皿で、油を加熱しない流派と加熱する流派が同居している。
保存の役割もある。Serious Eatsのジェノベーゼは、保存時に表面を薄いオリーブオイルの層で覆って蓋をすると書く。バジルの緑を守っているのは、酸素を遮る油の膜だ。
海と山の一皿にも同じ思想がある。アクアパッツァはフライパンにオリーブオイルを引き、ニンニクとミニトマトに軽く火を入れるところから始まる。鶏のカッチャトーラは逆に、香味野菜を油でしっかり炒めて時間をかける。同じ油が、数十秒の料理と数時間の料理の両方の起点に立つ。
- 搾油の物証東地中海の遺跡に、潰されたオリーブの種が残る。
- 乾麺の文献中世シチリアに、長く細い乾燥生地の記録がある。
- 後世の創作マルコ・ポーロ伝説は米国の販促物語から広がった。
油は遺物、麺は文献、俗説は広告という証拠の種類を分ける。
7,600年前の種と、1929年の作り話
最後に時間軸を伸ばす。
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地中海東岸レバント地方の水没遺跡カファル・サミールでは、約7,600〜7,000年前の地層から数千個の潰されたオリーブの種が見つかっている。現時点で確認できる最古級の搾油の物証だ。ただしここには注釈が要る。出土した種の形態は野生種(var. sylvestris)の集団に近く、栽培された実ではなく自生の木から採ったものと見られている。人類は、オリーブを育てはじめる前から搾っていた。近隣のヒシュレイ・カルメル遺跡では、約6,700〜6,500年前の楕円形の石造構造物から大量の種が出ており、こちらは果実の塩漬け保存の最古の痕跡と考えられている。
一方、麺の側の年表には作り話が挟まっている。マルコ・ポーロが中国からパスタを持ち帰ったという話は史実ではない。起源は1929年、全米マカロニ製造業者協会の業界誌が発表した創作で、マルコ・ポーロの船に乗っていた「スパゲッティ」という名の船乗りが中国で乾いた紐状の生地を見つけた、という筋書きだった。目的はアメリカ製パスタの販促である。これが1938年の映画『マルコ・ポーロの冒険』で映像になり、一般に定着した。
実際に有力とされるのは、北アフリカのitriyya、歴史家ジョン・ディッキーの言う「茹でて食べる長く細い乾燥生地の紐」が、12世紀半ばのノルマン支配下シチリアに伝わったという経路だ。シチリアはその後、乾麺の輸出地になった。マルコ・ポーロが中国に着くより前の話である。
油と麺は、どちらも東地中海から西へ渡ってきた。ただし解像度がまるで違う。油には7,000年前の種という物証があり、麺には12世紀の文献がある。そして麺のほうには、20世紀の広告が作った偽の物証まで付いている。
- 等級表示国内では自主ルールも含め、表示の根拠を確かめる。
- 収穫時期若い実由来の刺激か、熟した穏やかさかを読む材料。
- 品種と産地辛いか穏やかか、料理へどう寄り添うかを予測する。
発煙点より、表示・収穫・品種産地の三つが購入判断に効く。



